形がしっかりしているからこそ、紙一枚でもストンと入る。
アーティスト辰巳 菜穂
Googleストリートビューで世界中を旅し、その土地の風景を描く「Street View Journey」で知られる辰巳菜穂さん。独自の色彩感覚と視点で切り取られた風景画が人気を集め、展覧会のみならず広告ビジュアルや書籍の装丁画などの分野でも活躍されています。そんな辰巳さんがアトリエに通う時のバッグとして選んだのは、アイスコーヒー色のシティバックパックでした。
革は手入れしながら長く使えば、傷や変色も味になる
ザッチェルズのサイトを見た時に、私は今までサッチェルバッグのような、ベルトの付いたフラップの箱型バッグを使ってこなかったことに気づきました。そこで、今までとは違うことにチャレンジする気持ちで、シティバックパックを選んだんです。
使ってみると、想像以上に使い心地がいいですね。固い革でできていて、形がしっかりしているので、スケッチした紙をそのまま入れてもくしゃくしゃにならない。ノートやiPadなどを入れ、アトリエに行く時に持つ「通勤バッグ」として使っています。
基本的には肩がけにしていて、ショルダーストラップにもう一つ穴を開け、少し短くできるようにしました。そのほうが持ちやすいんです。重いものを入れる時はバックストラップでリュックにもなるので便利です。
革素材は経年変化が楽しめるのがいいですよね。自分もアトリエでなるべく、プラスチックよりはガラス、金属、石など天然の素材を選ぶようにしているので、革のバッグを持つことはその考えにも合っていると感じます。革は傷がついたり色が変わっていったりするのも、ちゃんと手入れをすれば劣化ではなく味になる。長く使うのが楽しみです。
カラフルな服にもアースカラーにも合う「アイスコーヒー」色
普段は、紫色のTシャツにオレンジ色のパンツを合わせるなど、けっこうビビッドな色合いの服装をしています。私が描く絵もカラフルなので、「絵の中から出てきたみたい」と言われたこともあります。このアイスコーヒーという色はそうしたカラフルな服にも合うし、今日のようなアースカラーやモノトーンの服にも合うので使いやすいです。
今は絵を描くことを仕事としていますが、大学では建築デザインを学んでいました。学ぶうちに、もっと手でつくる実感を得たいと思うようになり、卒業後は服飾デザインを学びました。しかし、服飾デザインも1着ずつ手縫いするわけではないので、結局は設計図を描く仕事なんです。大学を卒業してから10年くらい、自分が何をしたいのか模索し続けました。
そうした中、コンテストに出すための絵本を描いたことがきっかけとなり、イラストスクールで絵の描き方を学び始めました。すると、絵本というよりも絵を描くことそのものが楽しくなって、絵描きへの道を進むことに。最初はイラストレーターとしてキャリアをスタートしましたが、徐々に好きな作品を描いて個展で発表するアーティストとしての活動がメインになっていきました。
日本にいながら世界中の街角を眺めて描く
2017年からは、Googleストリートビューで見た風景を描いています。海外の風景を描く際に、資料となる写真などを探したのですが、どれもピンとこない。写真として切り取る際に、すでに撮る人の意図が組み込まれてしまうんですよね。人が切り取った構図をそのまま描くのも違和感があり、誰の意図も入らない風景がどこかで見られないだろうかと考えてストリートビューにたどり着きました。
ストリートビューだと、路地裏や住宅地など旅行で行っても立ち入らない場所まで隅から隅まで見られる。しかも、過去の風景も見られるんです。日本とは人の服装や自動車、空気の感じ、生えている植物、地面の質感などすべてが違う外国の風景を見るのがおもしろくて夢中になりました。
そこから、ニュートラルな「情報としての風景」から、自分が良いと思った風景を切り取って描くようになったんです。
実は、描いた場所に行ったことは一度もありません。行ってみたい気持ちもあるのですが、現地の空気感を味わうと、知らない頃に描いていた絵とは何かが変わってしまう気がするんです。だから、これからも行かないかもしれません。
最近は、ストリートビューのデジタル上のバグと、自分がペインティングする時に出るエラーをあえて重ねていくことで、偶然生まれる線や色を楽しんでいます。
また、風景はその土地の歴史や人々の生活の上に立ち現れるもの。いろいろな風景を描くうちに、時間と空間、見る人の記憶や経験など、さまざまな要素を重層的に描きたいという気持ちが生まれ、画風が変わってきたんです。今はまだすべてを表現しきれていないと感じていますが、その場所に刻まれた記憶も感じ取れるような絵を目指して描き続けたいです。
アーティスト
辰巳 菜穂さん
1983年、福島県郡山市生まれ。筑波大学芸術専門学群建築デザインを卒業し、文化服装学院で服飾デザインを、イラストレーション青山塾でイラストレーションの基礎を学ぶ。2017年からGoogleストリートビューで世界中の街角や路地裏から集めた風景をモチーフに風景画を描く「Street View Journey」を展開。国内外の展覧会で作品を発表する他、広告、書籍、アパレルなどのイラストレーションも手がける。